ガザ地区の現在とは
オランダの芸術、文化、情報専門の国営テレビ局でドキュメンタリーを見た。 それはパレスチナのガザ地区の現在、というようなものだった。 この間イスラエルの選挙があり以前よりより右翼化したということが報じられ、クリスマスには国連以下世界の国々からの抗議にもかかわらずイスラエルの空爆、タンクでの侵攻がありパレスチナ130、イスラエル10というほどの死者を出し世界の非難が高まったところでひとまず中断しているもののガザ地区の経済・文化インフラを破壊しつくした現在、それまでと現在のイスラエルのパレスチナに対する兵糧攻めの具合がどのように進んでいるかとのレポートに接し驚かされた。
もう10年以上前にアラファト議長がまだ懸命にヨーロッパ各国を巡礼してパレスチナの経済、インフラの整備を各国に募ったことがあった。 曰く、ヨーロッパにパレスチナの農業産品を輸出し人や物の交流を図るため海、空の港湾施設をヨーロッパの諸国からの援助をうけ、ということは我々の税金から出ているのだが、そういう計画を進めていた。 今回の空爆で決定的な破壊が行われたものの実質的にはイスラエルの経済封鎖のためにパレスチナに供給する国連、ヨーロッパ連合の援助物資、資材に対してもイスラエルを通過しなければ届かないシステムであるから遅延政策、重い関税によって具体的には物資、資材が届かない、という状態が長く続いておりそれにより完全な兵糧攻めでありどこをとってもパレスチナに勝ち目がない状態であること、イスラエルのやり方は嬲り殺し、ナチがやったことを今イスラエル政府が我々に行っているのだ、というような声が打撃を受けて瓦礫の山となったところを背景に聞こえていた。
このような中で決定的に打撃を受けたところではパレスチナ自治政府の無力から若者の間でハマスへの共感が一層増してイスラエルの極右化と相俟って絶望的な対立が一層深刻化すると危惧されている。
つい最近、パレスチナの人権活動家が世界の人権活動に貢献した人々を顕彰するオランダの賞を受けその授賞式に招待されたのだがイスラエルが拒否してその活動家の出国許可をださなかった。 それはまさに独裁国家ミャンマーに長く幽閉されている女性活動家に対する仕打ちに相似の様相を見せている
ユダヤ人とパレスチナ人は歴史的には肩をよせあい、小競り合いはありながらも同じ町、土地を共有しあい共存していたのが第二次大戦後、世界中に散らばったユダヤ人、とくにドイツや他のヨーロッパ諸国、アメリカからアングロアメリカの力で無理やりユダヤ人の国イスラエルを建国したときから今の状況は幾分か予測できたことだろう。
ユダヤ・キリスト教にとってモスリムは不倶戴天の徒であり当時は中東地域では当然周りから嫌われたイスラエルはハリネズミ国家としてしか存続はできなかったこともありその資源、資金の援助は世界中に、ことにアメリカに住む同胞ユダヤ人から受けなければやっていけないことは建国以来のことである。 今ではシオニスト支援の世界企業は世界中で我々の日常生活で消費される製品を生産し続け我々の支払う代金の幾分かはイスラエルに回っている。 西欧諸国の政治・経済・文化の中でその指導層にユダヤ人の占める割合が多いのは周知のことである。 ユダヤ人の歴史をたどれば彼らの夢ともいうべきイスラエル建国は世界歴史の中で西洋化の一番の障害になるモスリムと共存という形をとらなければ結局いまのような形で先鋭化する結果をもたらすのだろうが、しかし、世界のなかで異教徒が重なり肩を並べるような地域では全てそのように動いているというわけではない。
イスラエル政府の政策にはパレスチナ人に対する基本的生存権の侵害が問題になると国連勧告にあるのだがシオニストたちは自分たちの所有権を主張しそれを無視、ソ連崩壊後にロシアから募り移住したスラブ系ユダヤ人たちをパレスチナ人から取り上げた土地に入植させそれが世界から非難を浴びれば政府はそれを取り壊すようなしぐさをみせてそれに反対する入植者たちを一層強固なシオニストに仕上げるというようなメカニズムを駆使している。 世界で一流の技術、資本、人的資源を有する国対何ももたない国の抗争の中での人々の生活水準は例えば入植者に追い払われたパレスチナの人々と入植者の衣食住にかかわる生活水準をみれば明らかである。
私の周りには多くのユダヤ人、モスリム、それに様々な宗教をもつ人々がいるが多くは先鋭化した中東地域の状況を危惧しパレスチナ人に同情するものが多い。 ユダヤ人といえども全てがシオニストというわけでもないしイスラエル政府の政策に批判的な者も多いが、ことが一層政治化されればイスラエル政府に献金するものが今以上に多くなるということになるかもしれない。 アラブ系の人々にはその傾向が一層強く、アラブ系とユダヤ系での経済的格差がはっきりしてるからこの抗争の兵糧を比較することは無駄なほどはっきりしている。
数多くのドキュメントでもかつてユダヤとモスリムが肩をならべ人々の生活程度の差が今ほど極端化するようなこともなかった時代を経験している両者の証言もある。 しかし現在、石を投げる子供、若者に近代装備をしたイスラエル兵が発砲するなかで、また、そういうような画像も日常化していてもうニュースにもでなく、女子供が腹に爆弾を巻いて自爆する事も日常化するようなところでは共存という言葉の存在地盤はない。
それに、このような状況のなかであちこちで起こる殺傷事件で自爆テロという言葉の悲しい響きは嘗て西欧化に乗り遅れまいと植民地政策を西欧列強に追従しその挙句、勝てない戦争で若い命の多くを自爆させたほぼ60年以上前の極東の歴史とも関連するようであり、想いは中東、極東でかれらをそのように追い込んだものの方に向かいがちになる。
昨日、知人が珍しくネクタイを締めていたのでそれを問えばヒンズー教の「春の祭り」だからだといった。 この時期、満月の翌日が春の祭りの日に当たり、女神が春を告げ人々は着飾り互いに様々な色の粉をかけあって牛肉を除く肉、野菜、果物、菓子を家族、友人と分かち合うのだそうだ。 彼は背広の背中に電気ギターを背負っていて踊りの際にそれを演奏するのだと言っていた。

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